アートイベントin広坂芸術街
25人のインスタレーション展
40人学級

これから入ろうとする「40人学級」の教室  1998年10月25日より11月8日まで,金沢の中心,金沢市役所のお隣の旧金沢大学附属中学校の校舎において「アート・イベントin広坂芸術村 25人のインスタレーション展」が開催されました。
 98年11月中旬からこの旧校舎が解体され,この地に現代美術館の建設が計画されています。
 その美術館プレイベントとしていくつか企画されていたもののうちの一つがこの「25人のインスタレーション展」です。
 旧校舎が解体されるにあたり,その校舎の教室や廊下,そして校舎空間を自由に使ってインスタレーションが行われました。
(インスタレーションとは一定の空間全体を作品とする表現形態のことです。)
 25人の作家が取り組んだのですが,その中の一人が藤井肇氏です。
 藤井氏の作品「40人学級」を紹介しながら,藤井氏のこの作品への思い,そして,各新聞に紹介されたこのインスタレーション展の記事を載せてみましょう。

(廊下より3年C組に近づいてみましょう。)

教室名の札は「40人の教室」 入口から教室の中を見ます
 (左:これが40人学級だよ  右:いよいよ教室の中に入ってみましょう)

40人が教室にひしめいている  (いるいる,40人)

 ☆☆☆ 藤井肇氏による「40人学級」解題 ☆☆☆
 石川の教育を築いてきたといわれる石川師範,後の金大数育学部附属小中の校舎は,日本の政治,行政によって教育のいくつかの変遷を見て来たであろう。
 その教育の変遷は,色々と功罪を問われているところである。特に国,軍部の命令とは云え,帝国,軍国主義教育によって教え子を戦場,植民地へ送ったことは,大きな反省すべきこととして,二度と繰り返さないことを,教育関係者のみならず,日本国民は,固く決意すべきである。
 最近,社会,家族の在り方の多様化に伴い,かつての一斉指導の授業形式では,今の児童生徒の教育が困難になってきていることは,周知の事実である。つまり,かつての軍隊主義的な一斉指導は,今の児童生徒の個性を引き出す教育には,適さなくなってきているのである。
 日本の教育学には学級定員についての体系的学問がないと言われる。早急に学級定員についての研究を確立し,世界的に常識とされている10人台の学級定員の実現に近づいていくべきであろう。EUは,12人学級を上限として提言している。
 今の日本の学級定員上限の40人学級の教室風景を,抽象的人型に切り抜いたダンボールをベースに,特殊な塗料を使いイロニー的に表現した

みんな元気に手を挙げています 窓際から教室を見てみましょう
 でも40人って多いんですよね。こんな風に教室一杯になってしまう。
 ちなみに私の中学時代は四十五人が定員でした。みなさんは?

教室全体を見渡しています  では,いろいろな新聞に紹介されたこの「アート・イベントin広坂芸術街」の記事を紹介してみましょう。

読売新聞(1998年10月31日付)
旧校舎で現代美術
 来月中旬に解体が始まる金沢市広坂の金沢大学付属学校旧校舎で,市が主催する 「アート・イベントin広坂芸術街」 が開かれている。
 教室など,校舎ならではの空間に,現代作家たちがさまざまな作品をちりばめた。
 生徒たちが去って3年が過ぎ,顧みられることもなくなった旧校舎は,地元石川を中心に活躍する25人の感性によって新たな息吹を吹き込まれ,解体を目前に久しぶりに活気がよみがえった。
 市では,解体後の跡地一帯に,「芸術」をキーワードにした施設などを整備する。
 だから,この「アートイベント」は,校舎に別れを告げるだけではなく,この地に訪れる新時代の予感もはらんでいるのだ。
 「アートイベント」は,来月8日まで開かれている。
 午前9時から午後5時まで。入場無料。
 (吉岡 毅 記者)

教卓に座る人が一人。藤井肇?  教卓にいる人が一人。
 これって,教員時代の藤井さん(?)
 なんだか,怒っているよ。

北陸中日新聞
廃校舎舞台に空間造形
 『破壊と創造』が交錯
  作家らの強いメッセージ

 近く取り壊される金沢市広坂の金沢大学付属中学校跡の校舎を舞台に,二十五人の作家が空間を表現した 「アート・イベントin広板美術街」 が八日まで開かれている。
 作家たちが現代美術館として生まれ変わるこの場にどう挑んだか。アートの最前線ともいうベき会場を歩いてみた。

(中略)
 学校を強く意識したのは,教師だった作家だ。
 藤井肇さんはダンボールを人型に切り抜き,教室の風景を再現,なつかしい記憶を想起させる。だが,それは一瞬だ。次第に違和感がせり出る。窮屈な教室で知識や技術を注入される子供たちは,こんな圧迫感があったのか。
 違和感は四十人を対象に行われる一斉授業への疑問につながる。
 栄田満さんの「苛(いら)−苛」は手洗い場に反対色を塗った。ストレスが生み出される場としての学校の一面が浮かぶ。
 歩を進めると,手洗い場にある二枚の鏡同士が意外な効果を見せる。
 真向かいの鏡が,幾重にも反対色を映し,奥行きを出す。そして鑑賞者は鏡の中に,”異界”に迷い込んだ自分の姿に気づく。
 学校の持つ管理という側面を強調した金沢美術工芸大生の作品もあった。
 一畳ほどの部屋を鉄筋で囲い,中には傷ついた人が中につるされる。
 「学校は個性を奪われる場」。そんな主張さえ聞こえてくる。
(中略)
 「金沢は伝統ばかりではない。現代アートの作家がいることを知ってほしい」。ある作家はそう語った。
 今回,主催する市からの制作助成費はゼロ。それでも二十五人が意欲的だったのはこんな思いがあるからだ。
 このような試みはもっとあっていい。根づけば,新しい金沢の魅力にもなる。
 伝統と現代のアートがともに花開くかは,久世さんが指摘するように美術館と作家の今後のあり方にかかっている。
(沢井 秀和 記者)

 そのほかにも朝日新聞,北國新聞,読売新聞(再度別記事で掲載)にこのイベントの記事が載っていました。

後ろから見ています 後ろから見ています
 後ろから見てみました。
 それぞれの机の上には,それぞれちがったことが書いてある。
 黒板にはこの教室で学んだ生徒たちの落書きがたくさんありました。
 自分たちの学んだ校舎が取り壊されるって,やはり寂しいものですね。

後ろの掲示板に貼ってあるTシャツ

 後ろの掲示板にはこんな作品がありました。



廊下には人影が!

 ということで,この教室を去ります。

 そういえば,自分もこの校舎で教育実習をしたのだった。
 みんなであーだこーだ言いながら学習指導案考えて,研究授業して,それに三年のクラスの担当だった。
 たったの二週間だったけど,この学校の門をくぐり,通った。
 わけもわからない授業に生徒たちは反応してくれて,今思えば,生徒の方ができてた。
 でも楽しかった日々。
 さようなら,附属中学校の校舎。
 
 さようなら……