1902(明治35)年発行の広島県地図

 1902(明治35)年3月30日 大日本帝国陸地測量部 発行
 5万図 「大朝」です。

 (画像提供 元北海道の坂根さん)

広島県地図(1902年版)

 この中に坂根谷という地名が見えます。
 当時は「広島県山縣郡雄鹿原村」で現在は「山県郡芸北町」
 その北の「橋山」は現在も地図上に名前がある町です。
 2万5千分の1地図で確認しますと,この2つの町の間に集落らしき記入がありますが,地名の記入はありません。
 位置はおおよそ「北緯132度15分12秒,東経34度40分57秒」あたりです。